主の晩餐を共に受ける

コリントの信徒への手紙 一  11章23~26節

  キリスト者たちは、「わたしが命のパンである。」(ヨハネによる福音書6:35) という主イエスの御言葉から主の晩餐を思い起こします。彼らは、この「命のパン」が「生きた水」と対になって永遠の命にあずかっていることを受けとめることができるのです。キリスト者が主の救いにあずかり、バプテスマを受けてキリストの体である教会に加えられ、神の国の住民として兄弟姉妹と神の恵みを分かち合うことを確信できるのは、主の晩餐において共にパンをいただき、杯にあずかる時ではないでしょうか。父なる神の御心は、すべての人がイエス・キリストを信じる信仰に生きること、主イエス・キリストを自分自身の救い主と信じて、バプテスマを受けてご自身の体である教会に加わり、主の晩餐にあずかって真実に生きることです。

                          2018年5月6日 加山彰一