月別アーカイブ: 2018年11月
苦しむ人に良い知らせを
イザヤ書61章1~11節 人は誰でも心に傷を持ち、痛みを抱えて生きています。「私は大丈夫です。」と意気込んでも、弱さを身に帯びている私たちは、途方に暮れる時があります。また、「自己」に支配されて自己中心的(聖書では「罪」と言う)に生きる時があります。そのような時から解放してくださるのがキリストの福音 ...
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祈りの家としての教会
イザヤ書56章1~8節 預言者イザヤは、神に選ばれた人たちに対して公平と正義を守るように告げます。そうすれば救いが実現し、神の恵みの業が近いとイザヤは宣言します。私たちが公平と正義を得るにはどうしても安息日(教会にとっては「主の日」)を守る必要があります。キリスト者が主の日に神を礼拝することができる ...
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